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全便欠航とあのじいさん

全便欠航という言葉には特別な響きがあります。これを稚内で聞いた日にはとても悲しい気分になりますが、島で聞くとどこかわくわくしてしまう・・・不思議な言葉です。今ならスマホ片手に今後の天気や今日・明日の計画など情報収集に大忙し・・・なんてことになるのでしょうが、スマホも携帯もないあの時代は、すべてを天に任せて島でどっぷり過ごす時間を楽しんだものです。

もう40年くらい前のことになりますが、6月末まだ旅人もまばらな頃、暴風で一歩も外に出られない日がありました。否応なしに閉じ込められたYHの中で昼間からミーティングをやりました。延々と続くミーティングの中での1コマ、かぐや姫の『好きだった人』を替え歌にして、一人一人の失恋話をネタに面白おかしく大いに盛り上がっていました。そんな中に一人、60代後半~70代のじいさんがいました。その人の番になった時にはさすがに「お父さん、大丈夫?」という雰囲気になりましたが、そのじいさんは堂々と歌いました。

好きだった人・・・今はもうこの世にはいない♪』・・・全員、ズッコケ[→]さらに続きます。

好きだった人・・・私の嫁さんになってくれた♪』・・・全員、ジ~ン[→]その後の歌詞は覚えていませんが、

失恋という言葉は知ってたけれど、失恋という言葉は知ってたけれど~♪』とみんなで泣き笑いしながら大合唱しました。

あの日のおしどまりユースのワンシーンは、ずっと忘れられないものとなりましたあのじいさんが島を出る日、見送る港で聞いた話ですが、奥さんが亡くなってからずっと一人旅をしている・・・と。腰に手ぬぐいぶら下げて、とても旅とは思えない小さなカバン1個だけを持ってこれからも旅を続けるというあのじいさんの心の中は奥さんへの思いでいっぱいだっんだろうなあ。

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  見送りで『落陽』を歌うと、あのじいさんの思い出が重なるようになりました。

 


『北の町のお土産やさんの木彫り兄さん、お元気ですか』

長い題名のこの曲を聴くと思い浮かぶ風景があります。おしどまりYHの前の坂道を真っすぐ海に向かって下った突き当たりの右手に『コタンのチセ』という、休憩所のようなまったりとしたお土産屋さんがありました。そこには『ヒヒにい』という木彫り兄さんがいて、前を通るとふと立ち寄ってしまう、そして何をするでもなくただそこにいる・・・そんなことが許される場所でした。今思えば最高に贅沢な暇つぶし、とても豊かな時間が流れていたんだなあ・・・とまたまた利尻が恋しくなります。もう40年も前の話です。これは大阪から来たホステラーのまゆみさんが書いた曲です。ブルースっぽいですね。

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