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元祖の思い

回想録を書いているうちに、色々な昔の情報が入ってきました。

1980年秋、野辺山でおしどまりYHの集まりがありました。250人の参加者を前に81年以降のリーダーを指名し、次の世代にバトンを渡しました。

ところが、誠に残念な事ではありますが、1982年以降、ある一部のヘルパーの横暴な振る舞いにより、おしどまりYHは1985年、協会から除名される事態に陥ってしまったのです。

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1980年代後半といえば、折りしもバブル経済の始まり・・・旅人の質も変わりYHの時代が終わってしまったのだと、つい最近まで思っていました。

しかし考えてみると、隣の礼文にはバブル期にも揺るぐことなく今の時代までタスキをつないできた『桃岩荘』があります。おしどまりYHにそれができなかったことが残念でなりません。

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横暴の中身はここで書けるものではありませんが、そんなことで大切に育んできたオリジナルの歌や踊りが消えてしまうのは悲し過ぎます。

そこで元祖メンバーが2015年、立ち上がりました。この年、「海の日のイベントで70年代の見送りを復活させたい。その頃の音源は残っていないだろうか?」と利尻から打診があり、島の人達があの頃の歌や踊りの復活を望んでいるのだということを知りました。2015年海の日には行けないけれど2016年には、きっと・・・ということで〝2016おしどまりの空の下へ”を立ち上げました。

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今年も、海の日には元祖メンバーの一部しか行くことはできませんが、来年こそはみんな一緒に、と思っております。


ゴエモン回想録~放浪記「利尻への長い道・2」

傷心の旅で訪れた沖縄を満喫していたある日のこと、

「ゴエモンさん、北海道から電話だよ。」突然竹富YHに電話が入りました。

「俺だ!田中だ!」・・・少し嫌な予感・・「これから来い!いいから来い!」南国ムードにどっぷり浸り、利尻のことなど忘れていたのに、矢継ぎ早の兄さんの言葉がグサグサ胸に突き刺さります。

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「桃岩荘を打ち破るのではなかったのか!あんたがリーダーでしょう!」

「ウニは美味いよ!美味いメシいっぱい食わせるから来い!」

「船賃、電車代も貸してやるから。」

・・・断る理由もないので、いざ、利尻!

あの時代ですから、竹富島から東京まで4日、東京から稚内まで夜行列車で2日、島に着くまで1週間の今では考えられない長い長い旅路です。

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気がかりは去年のヘルパーいるかなあ???・・・島に着き、港に降りても誰もいません。

YHに着くと受付の陰に昨年港でコンビを組んだ原人がいるではありませんか!

よ~っしゃ!『打倒!桃岩荘!』、おしどまりYH黄金時代の幕開けです。

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ゴエモン回想録~放浪記「利尻への長い道・1」

1976年、清掃登山を終え、東京に戻りました。利尻と東京生活の温度差になじめず、地に足が着かないまま、ただただ時が過ぎ、1977年を迎えました。

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とりあえず京都の東山YHに3か月ほど居候しました。(当時、全国の旅人の情報は京都のYHから発信されていました。)この時は傷心を抱えていたので、ワラジが波照間にいるとの情報が入ると、「自分もまあ、行ってみるかぁ~。」と軽い気持ちで大阪南港から船に乗り込み35時間かけて那覇に入りました。

2年前の沖縄海洋博の時、那覇の1ドルハウスで働いていたので那覇まで行けば何とかなると思っていたのですが、「海洋博も終わったし、4月では仕事ないよ」と言われてしまいました。

それならワラジのいる波照間まで行こうかと考えていた時、京都時代の知り合いとたまたま那覇でばったり会いました。そいつが「これから石垣島だ。」というので「まあ、石垣島でもいいか。」ということで便乗、思いがけず、竹富島に上陸したのであります。しかしここで金が尽き果てしばらく竹富島にとどまることになります。

朝は土方のバイト、夜は宿を兼ねて竹富YHのヘルパーとして島の説明やミーティング…利尻のことやワラジのいる波照間を忘れ、しばし南国の癒しを味わっておりました。

 



ゴエモン回想録~伝説の始まり

1976年6月おしどまり港、島に来て2週間、悶々とした日々が続いていました。

・・・まだまだユースの宿泊者もまばらだが、7,8月には宿泊者が急増する。100人を超えるホステラーに感動を与えるには、何かインパクトが足りない・・・悩んだ末にたどり着いた答えは、ちょうどその頃、ミーティングで盛り上がっていた「山コンブの「ああ利尻島』と原人が振り付けた『かっこいい奴』、これを港でやるしかない!」・・・でした。

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しかし最初の頃は利尻島民からは白い目で見られたり、「うるさい!」と怒鳴られたり、と散々でした。

やっぱり島の人達ともうまくやっていきたいなあ・・・とへこむこともありました。

そんな時、島民と私達との懸け橋になってくれたのが、島の子供たちでした。

港のはじっこで興味深げに見送りを見ていた子供たちにコーラを買ってあげるとすぐに距離は縮まりました。

そうして小学高学年の飢餓軍団も見送りに加わるようになると、徐々に島内で港の見送りが受け入れられていきました。

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7月には利尻中学・高校との交流に訪れた稚内高校のブラスバンド部へのお礼として『ああ利尻島」と『かっこいい奴」で見送ってもらえないかと頼まれるまでになりました。

流石に歌と踊りでいいのかなとも思いましたが、そこは校長・教頭そろってユースまで足を運んでのたっての嘆願、喜んで引き受けることにしました。

利尻中学・利尻高校とおしどまりYHのコラボで稚内高校を見送った時の島民達との一体感・感動は忘れられません。

このことが港の見送りの礎になったと信じております。

それ以降、島民達からも温かい目で見守っていただけたのではないでしょうか。

【2016年7月   伝説の見送り復活】IMG_0287.JPG

ゴエモン回想録~小さな旅

 1977年8月某日の出来事です。IMG_0507.JPG

当時、8月といえば連日180人の宿泊客を迎え入れ、田中屋の団体さんとYHのホステラーの見送り、毎夜、YHと田中屋で延べ4時間に及ぶミーティングでもうヘロヘロ、気が狂いそうな毎日でした。 そんなある日の朝、何気に皆さん意気投合・・・半日だけの旅に出ようと決めました。

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朝の見送りの後、YHを抜け出し、ヘルパー10人くらい(ゴエモン、キタロー、くみ、まき、キン、ハリマオー、エメロン、月光仮面、原人)でマイクロバスに乗り込み、島内一周の旅に出ました。

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姫沼で姫エビを採り、沓形では当時流行りの喫茶店FMに立ち寄りました。(喫茶店FMには利尻の風吹ジュンがいたのです。当時はホステラーが毎日沓形までFMツアーをする程の盛況ぶりでした。)

たった半日の旅でしたが、この小さな旅のおかげで9月までの残り2か月、がんばれたかな( ^ω^)・・・懐かしいですね。

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そうそう忘れてました。この旅には人質として「ちゃーぼーも旅に出たい!」と言った当時4歳のちゃーちゃんも連れて行きました。


 

昔の若者のつぶやき

リュウさんの言葉は、いつも深い。そうだ!私達は旅がしたいのだ。

豪華列車も豪華客船もグルメ旅行も、そんなものに心は微塵も動きはしない。

 ずっと旅人でありたいのだ。

『ななつ星』よりも、『瑞風』よりも乗りたい列車は『急行利尻』。

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            昔の若者のつぶやきでした・・・

リュウさんからの手紙

 7月の利尻、空も海も輝いていたなぁ!

あの時代、すべてが輝いて見えた。多分、肉体が、血液の循環が、今とは違っていたんだろうなぁ・・・

もうあの頃に戻れないことはわかっているが、今の肉体と精神で利尻はどのように僕の中に写るのだろう?

北国の寒村の漁港、昆布を干す老人、短い夏を精いっぱい生きていた人々、

僕が強くひかれた利尻は、まだあるのだろうか?

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若者は、貧しい旅をしなけりゃね。今は駅にも泊まれないし、夜行列車もなくなった。

若者に旅人はいなくなった。観光客ばかりだ!

昔がいいとは言わないが、貧しさも必要な気がする。

やたらと高級な列車の運営が盛んだが、どれほどの人が楽しめるのだろう。

赤字路線はことごとく廃線になるし、淋しいね。経済優先の社会だから仕方がないのかな?

周遊券復活しないかな・・・ゆーーーっくり旅したいね!

若者と老人がギターをかき鳴らし・・・あの一体感をもう一度!


ただいま

  心の中に宝物を持っている人は その人生も輝いている・・・

 鉄道旅の番組で誰かが、こんなことを言っていました。

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おしどまりの空はどこまでも青く

何十年ぶりかの「ただいま」をやさしく迎えてくれる

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 青い海も 白い波も 岬を飛ぶウミネコも
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満天の星も 街を金色に染め抜く夕日も
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クロユリ咲く小道も 天にそびえる山も
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懐かしい人の笑顔も
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私の大切な宝物がここにある
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おしどまりの空はどこまでも青く
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何十年ぶりかの「ただいま」に
「おかえり」と囁く港の風が 私を包む
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2017 おしどまりの空の下へ 

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あの時 私たちは 確かにここにいた
この道を歩いた
この坂を下った
この空を見上げた
ここで出会い ここで別れた
たくさんの笑顔と たくさんの涙と
どれほどここで味わっただろう・・・
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あの時 心に飛び込んだ ダイヤモンドの原石は
心の奥で いつまでも 輝きを放っている
私たちの旅は まだまだ終わらない
2017年夏、再び おしどまりの空の下へ
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おしどまり港で会いましょう!


かっこいい奴 4

「かっこいい奴」「ああ利尻島」など、おしどまりユースオリジナルソングを携えての見送りは、港を活気づけました。IMG_0286.JPG

そんな港が楽しくて、夏休み中、毎日遊びに来ていた小学生達が、一昨年、リシリーズの歌を引き継ぎ、あの頃の港を復活させようと立ち上がってくれました。

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一昨年、島の元少年達が、港復活を企画した時のポスターです。

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77年、ゴエモン・ゲンさんのコンビで仕切った港、その音源を忠実に引き継いだのが 79年、ひんみん・デンバーのコンビです。IMG_0284.JPG

この頃、おしどまりユースには山コンブ、マーチン、仙太郎などプロ級のギタリストが何人かいました。

港のお祭り騒ぎというにぎわい、活気においては礼文と大差はなかったかも知れませんが、音楽レベルは間違いなくおしどまりユースの圧勝だったでしょう


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